白野週報

Molière a du génie et Christian était beau.

『太臓もて王サーガ』について思い出したこと

 私の少年時代、雑誌『週刊少年ジャンプ』に『太臓もて王サーガ』(以下、便宜上『もて王』と呼ぶ)というパロディギャグ漫画が掲載されていた。『ジョジョの奇妙な冒険』を中心にふんだんにパロディがちりばめられ、当時連載中だった『ムヒョとロージーの魔法律事務所』のパロディなども盛んに行っていたように記憶している。他人のふんどしで相撲をしている感じが受けなかったのか、あるいはパロディが広範かつ古いネタが多く含まれるのがいけなかったのか、私は面白く読んだが打ち切りに終っている。

 何話だったか、間界(魔界ではない)の王子である主人公太臓が劇中「バアル・ゼブル」と呼ばれるシーンがあったことを不意に思い出した。バアルゼブルよりも、ベルゼブブという発音の方がひろく知られている。「ハエの王」「糞山の王」といった異名で呼ばれるキリスト教世界の大悪魔で、さまざまなフィクションに登場する。広く知られるベルゼブブでなく、バアル・ゼブルという表記を用いた理由はなんだったのか。作者からなにか説明があったかもしれないが、そこまでは思い出せない。

 キリスト教の悪魔が異教徒の神々であることは漠然とだが、私のような素人にも伝わっている。先のバアル・ゼブルは調べてみると「偉大なるバアル」というような意味で、バアルは嵐をつかさどる神として祀られていたらしい。このバアルを祀る儀式というのが(現代人、あるいは異教徒にとっては)かなり淫猥なものであったらしく、そのために「偉大なるバアル」は「糞山の王」という蔑称へと呼び替えられたらしい。ネットで軽く調べただけなので、本当の話であるかは保障できないのだが。

 『もて王』の太臓は女性への執着著しい、セクハラ気質のキャラクターとして造形されていた。太臓の正体として「バアル・ゼブル」が設定されたのは、ひょっとしたら「儀式がワイセツだったと言われている神様」というような引用に基づいているのではないかということに思い至った。だから、通りのよいベルゼブブでなくあえてバアル・ゼブルを採用したのではないだろうか。無論、傍証などはなく単なる思い付きである。しかし、作劇というのはいろいろな方面から受け手の思いもよらないことを引っ張ってくるものであるから、案外当たっているのではないかとひとり己惚れている。