白野週報

Molière a du génie et Christian était beau.

2021年に観た芝居

 題名を打ち込むときに「2020年に観た芝居」としていて愕然とした。今年は2022年で、去年は2021年である。2021年という年は、オリンピックの開催という一大イベントがあったにもかかわらず妙に影の薄い一年であった。自粛生活にも慣れきってしまい、「TOKYO2020」というキャッチフレーズが盛んに使われたために、時間の感覚が一年ずれたということはあるかもしれない。今日は元日であるので、この影のうすい不遇な2021年の間に観た芝居を何本か抜粋して振り返ることにする。

 

1月15日

紀伊國屋ホール

熱海殺人事件 ラストレジェンド ~旋律のダブルスタンバイ~』

作:つかこうへい

演出:岡村俊一

 

 紀伊國屋ホール改装前最終公演なので観に行った。脚本は『底本熱海殺人事件』と『新熱海殺人事件』の綯い交ぜのような具合。つかこうへいの作品はキャリア後半の作になるとほとんど強迫観念的に時事問題を取り込むようになるため、再演しづらい。なのである世代を代表する劇作家として「古典化」をはかるとするならば、やはり90年代に書いた作品が基準になるのだろうか。もっとも、演出の岡村俊一が愛着を持って接しているのがこの時代の作であるということもあるのかもしれない。

 『無限列車編』が大評判だったためか『鬼滅の刃』のパロディが長々と演じられていたが、正直に言ってくどかった。ただ、愛原実花が「鬼滅の電車が~」と(おそらく素で)間違えたところで笑ってしまった。

 

3月28日

芝居砦天満星

『ストリッパー物語』

作:つかこうへい

構成:水嶋カンナ

演出:金守珍

 

 ストリッパーとヒモの関係を、同じヒモをやりながら一歩引いた眼で眺めているインテリの男が一番の出色だった。彼が「底辺」の生活に見切りをつけ最後には何食わぬ顔でアッパークラスへと回帰していく姿は、劇場を出ればそこに描かれた社会の矛盾のことをすぐに忘れてしまう我々観客の寓意であるようにも思える。

学生演劇でもつかこうへいの作品は何本か見ているが、新宿梁山泊の流れを汲んでいるので、出演者みな踊りがうまい。AKTステージの団員も踊りには力を入れているが、つかの作品は(当人はミュージカルに批判的な発言多いのに)踊りが多い。アマチュア演劇はこの踊りの部分が甘くなりがちだ。プロとアマの境界線のひとつである。

 

4月8日

紀伊國屋サザンシアター

どん底―1947・東京―』

原作:ゴーリキー

脚本;吉永仁郎

演出:丹野郁弓

 

 民藝によるゴーリキーの翻案物。翻案という行為は文学史、演劇史では「原作に対する無理解」として批判されてきた。新劇はそうした批判の急先鋒であったが、自分たちがやる翻案は「新たな解釈」ということになるのだろうか。

 嫌味っぽくなってしまったが民藝は美術が良い。美術は小劇場系なら桟敷童子、新劇なら民藝が優れている。今回の公演も美術が良かった。

 

6月10日

紀伊國屋ホール

『新・熱海殺人事件

作:つかこうへい

演出:中江功

 

 新装紀伊国屋ホールこけら落とし公演。幕前で関係者の一人が刀を振り回しながら「改装前となにも変わっていない」「出演歴のある著名人が誰も遊びに来ない」と暴れまわるコントがあった。劇場の内装が新しくなって前よりもよくなったためしはないので、内装がそのままだったのはうれしかった。後者については関係者でないので事情は知らない。阿部寛はバラエティー番組で時々つかへの恩義を口にしているので忘れられたわけではないのだろう。

 つかこうへいは「見るたびに中身を変える」ということを信条にしていると公言していた。しかし、作者以外の人間がそういうことをするのは難しいのであろう。2010年頃に見始めて以来どの公演でも『熱海』なら『熱海』でほとんど同じ脚本で上演されている。ストーリーラインは1月公演と変わらず。しかし、どの上演も手が加わっていない部分が面白いのでそれを問題にしようとは思わない。

 

10月20日

新橋演舞場

『小梅と一重』

芝居茶屋「うた島」の場

原作:伊原青々園

脚色:真山青果

演出:成瀬芳一

美術:中島正留

 

太夫さん』

作:北條秀司

演出:大場正昭

美術:伊藤熹朔

 

 『假名屋小梅』から芸者と芸者の意地の張り合いを見せる場面。今日のメンタリティーからすれば小梅の言動も、小梅が目の敵にする芸者蝶次の心境も、捌き役の一重の理屈も簡単には理解できない。しかも興行上の都合で一場面だけの上演であるから小梅はただ意地悪に当たり散らすはた迷惑な女としか見えない。その難しい役を雪之丞は見事に演じていた。今日こういう毒婦型の女を演じたら随一の女方である。幕切れは雪之丞と水谷八重子の形が決まっていて、それだけでも見る価値がある。

 『太夫さん』は私の好きな芝居のひとつ。『伊井大老』もそうだが、北條秀司は「ままならぬ人生」が報われる一瞬を描くのがうまい。波乃久里子が万感の表情で「もう死んでもええ」と叫ぶところはいつ見てもいい。

 

 2021年はコロナ禍もあって観た本数がいつにもまして少ないが、観た芝居では『太夫さん』が一番良かった。今年もコロナは収まりそうになく、劇場もいつ封鎖になるかわからない。劇場に大手を振って通える日が来ることを切に願う。