白野週報

Molière a du génie et Christian était beau.

偉大な馬の死

 今週、ナイスネイチャが息を引き取った。享年35歳。人間で言えばゆうに百歳を超えているという。母ウラカワミユキの記録を超すことは叶わなかったものの、大往生だったと言うべきであろう。サラブレッドは諸々の事情で天寿を全うすることはまれであり、「廃用(用途変更)」だけが寿命を刈り取るのではない。種牡馬繁殖牝馬として長く供用された馬もあまり長生きはしないことが多い。もっとも、サラブレッドは二十を過ぎたあたりからの余生はかなりまばらであるという話も聞いたことがある。

 ナイスネイチャは自身の人気を背景に、引退馬支援に絶大な影響を与えた。どうしても天皇賞の盾が欲しかった馬主に史上初の天皇賞春秋連覇という栄光を持ち帰ったタマモクロス、天才ジョッキーの栄誉を欲しいままにしながらついにダービーだけは勝てなかった武豊に初のダービー制覇をもたらしたスペシャルウィーク、馬主、調教師、ジョッキーの夢を体現した馬は数多おれど、生産牧場の夢をここまで体現してみせた馬は果たしてナイスネイチャ以外にいただろうか。

 もうナイスネイチャがこの世のどこにもいないという事実に、正直に言えばひどく寂しくなる。懸命に生き、多くの引退馬の余生を明るく照らしたナイスネイチャに心からの敬意を示したい。