白野週報

Molière a du génie et Christian était beau.

今月観た芝居

 先週は仕事の関係で遅くまで出歩いていたのですっぽかしてしまった。直接なにかストレスが溜まるような用事ではなかったが疲れが出たのか、翌日から顔にしこりができてしまい、それがいまでも治っていない。

 今月は歌舞伎座の六月興行第二部と若獅子の会の『国定忠治』通し狂言を観た。歌舞伎はいま大揉めに揉めており、どうしても行く気にならなかったが歌舞伎は観ないとすぐに観方を忘れてしまうので月に一度は行かねばならない。コロナ禍で数か月観ずにいたところ、下座音楽の詞章がまったく聞き取れなくなっていて戦慄したのを思い出す。

 演目は『宮島のだんまり』『達陀』『髪結新三』の三本。踊りの素養がないので踊りの良し悪しはよく分からない。だんまりは厳密には踊りではないが、やはり私のような素人にはよく分からない。五年以上観ていて分からないでは本当は困るのだが、分からないものを分かったように語ってはぼろが出て恥をかくのは必定であろう。三階の一番安い席からも見える松緑のアクの強い拵えが面白かったのははっきり覚えている。

 『髪結新三』は弥太五郎源七の彦三郎が奮闘していた。歳が新三を勤める菊之助と近すぎるというのでかなり不評だったが、それを割り引いても良かったと思う。年齢については配役を考えた側が悪いとも言えるし、彦三郎が甘かったとも言えるのだろうが、そういった理屈を抜きに気分よく観た。

 歌舞伎座は先月から二部制に戻ったが、私の尻が退化しているのか座っていて痛くて仕方がなかった。これからまた慣れていくのだろうか。

 若獅子の会『国定忠治』は通し狂言で観るのは初めて。数年前に神奈川県民ホールで「赤城山」「山形屋」は観ているが、その時山形屋は伊吹五郎が勤めていた。今回は特別出演の林与一が目玉となっている。

 林与一は良い。スッと場に出るだけで一気に空間が引き締まる。笠原章の忠治は颯爽たる大親分の姿から病のために話すことも刀を抜くこともできない落魄した姿に変わって見せるところは風前の灯火となった「新国劇」というジャンルの運命を体現して見せているかのようで涙を絞った。子分二人が死出の旅に向かう最後のあいさつをただ座ったまま黙って聞く姿が何と言っても絶品だった。子分のひとりとして佐野圭亮が出演しており、細身の体で大立ち回りを演じていた。以前『滝の白糸』で欣也を演じているのを見ていいと思ったが今回も良かった。

 全体を通してみれば、端役の水準が低いということはどうしても否めない。しかし、いま『国定忠治』の通しを観られたことはよかったと思う。

 冗長でまとまりがないが、疲れたので今日はここで筆を置くことにする。