白野週報

Molière a du génie et Christian était beau.

「怪談」のこと

 この二年間、夏の行事は多くが中止や延期となり場合によっては企画すらされなかった。そのせいもあってか例年よりも八月が長いような錯覚を覚えたものであるが、気温の事はともかくとして今年の夏も一応終わりを迎えたという風に考えていいのだろう。

 夏の風物詩であった怪談番組は、今年もいくつか放映されたようだが予定が合わなかったのでどれも観ていない。私の上司がなにかのときに「いまの子どもは編集丸出しCG丸出しの怪奇現象を見せられて何を怖がればいいんだ」と怒っていたのが印象的だった。確かに、私が子どものころに見た映像と比べると、あまりにハッキリと映りすぎているという印象を受ける。私自身の年齢による印象の変化というのも無論、あるには決まっているのだが。

 いま私の手元に東雅夫編集の『文藝怪談実話』(筑摩書房、2008年7月)という本がある。これは表題の通り、文芸の世界に生きた大家(「文豪」ではなく「文芸」とある通り、小説家だけでなく俳優や歌手、漫画家などより広いレンジの人々が集められている)による「実話怪談」を集めたものだ。専門家やマニアない限り馴染まないものにしまった名前がいくつも上がっており、そういう点でも面白い。「実話怪談」と書いたが、それらが創作なのか本当の体験談であるのかは本人にしかわからない。伊井蓉峰(明治末から昭和戦前期まで人気を誇った舞台俳優)の語る「死神の誘い」などは、いかにも作話といった印象を受ける。とはいえ、一流の才人たちの語る怪談話には何とも言えない懐かしさと、ひょっとしたら闇夜のどこかにはそういうことがあるかもしれないという迫真性がある。夏に涼を取るために読むよりも、秋の夜長の読書に似合う一冊だと私には思われる。あまりの恐ろしさに眠りにつけないということもないだろう。彼岸の向こうに思いを馳せながら夜の旅路へと漕ぎ出すのも、たまには悪くない。