白野週報

Molière a du génie et Christian était beau.

今月観た芝居

 あっという間に一月が終わる。今月は新型コロナウィルス感染拡大ということもあり、外出はほとんどしなかった。芝居も歌舞伎座の壽初春大歌舞伎第一部以外は観ていない。それにしたって不要不急の外出と謗られれば反論の仕様がない。だがこういうものは一度観なくなるとあっという間に観なくなるものであるし、それに私は素養がないので少し劇場を離れるとチョボが聞き取れなくなるので無理を承知で出かけた。他の遊興は封じて久しいのでご了見いただきたい。

 今月の第一部は『一条大蔵譚』と『祝春元禄花見踊』で中村屋兄弟が中心。『一条大蔵譚』はバカ殿様の元ネタであると言いうことがまことしやかに語られている演目で、外題にある一条大蔵卿が作り阿呆から本心をあらわにする「ぶっかえり」が眼目。高麗屋一門での上演を二度見ているが中村勘九郎丈の一条大蔵は初見。

 私は歌舞伎の通でもなんでもないので細かい話はできない。ただ、勘九郎丈の阿呆長成はテレビスケールとでも言おうか、時代劇コントのような印象を受けた。これは無論観客である私の目が、バカ殿さまのようなコントを前提にして舞台を見ているところはあるのかもしれない。先月の『ぢいさんばあさん』も勘九郎丈が出勤していたが、観客が特に笑うような場面でもないのに笑っているのが気になった。あれはひょっとしたら、観客が老人コントを見るような目で勘九郎丈の老け役を眺めていたのではあるまいか。これが観客の目の問題なのか役者の素養の問題なのかは私に判断できることではない。勘九郎丈は以前平成中村座で観た『実盛物語』がよかった。父君の面影を分かりやすく偲ぶ演目よりもこういった方向の方が魅力的なのではないかと思われるが、利いた風な口を利くものではないか。

 『祝春元禄花見踊』は中村獅童丈長男初お目見え。小さい体で精いっぱい勤めていた。舞台に出るとたくさん褒めてもらえて楽しいという思い出が残ってくれたらうれしいと思い、柄にもなく拍手を連発してしまった。中村屋兄弟が子どもの頑張るのを見て舞台上でニコニコしているように見えたがそれがいいことなのか悪いことなのかは私の判断することではあるまい。

 来月は白鸚丈のラストラン『ラ・マンチャの男』と歌舞伎座の第一部の切符を買った。他にイーストウッドの『クライマッチョ』も行こうとは思っている。いずれにせよ感染状況が少しでも落ち着き、大手を振って劇場に行ける状況であることを願うばかりである。